コンサルの引き出し|和田創ブログ

だれの目の前にも可能性の地平は広がる。それを切り拓けるかどうかは自分次第である。「面白くないジョークの会」初代会長が解き明かす経営と人生の奥義とは?

野茂英雄

沢村拓一、山口鉄也・松本哲也・長野久義に続く新人王

日本プロ野球2011年シーズンの新人王(最優秀新人)が決まった。
セ・リーグは読売ジャイアンツ(巨人軍)沢村拓一投手、23歳。
パ・リーグは埼玉西武ライオンズ牧田和久投手、27歳。

沢村拓一は29試合に登板し、11勝11敗。
前評判どおりの実力を発揮し、今季の新人でただ一人の2ケタ勝利を収めた。
セ・リーグ3位の防御率2.03も立派だ。
新人王が投球2百回を超えたのは、セ・リーグでは1964年の高橋重行以来。
巨人では1962年の城之内邦雄以来。
セ・パ両リーグを通じて1990年の野茂英雄以来。

沢村拓一は、周囲の期待の大きさを胸に刻んで投げた。
受賞の記者会見では、3年やって一人前と自分を戒めた。
昨季の新人王・長野久義は首位打者を獲得した。
沢村拓一は巨人のエース、セ・リーグの最多勝利投手を目指す。

なお、2008年の山口鉄也投手、2009年の松本哲也外野手、2010年の長野久義外野手に続く同一チームからの4年連続新人王選出はプロ野球史上初の快挙である。

牧田和久はチームトップの55試合に登板し、5勝7敗22セーブ。
シーズン途中から“守護神”として活躍した。
西武からの新人王は、1999年の松坂大輔以来12年ぶり。
パ・リーグで20セーブ以上を記録しての新人王は、1995年の平井正史、2004年の三瀬幸司に次いで3人目。
社会人出身の牧田和久はマイペース調整を貫き、開幕時に先発枠を得て、交流戦後に抑えに回った。
最下位から3位に躍進したチームを支えた。
牧田和久は先発に戻ることが決まっており、2ケタ勝利を目指す。
アンダースロー(下手投げ)ではチームの先輩の松沼博久が新人王になっているが、珍しい。

⇒2011年4月19日「牧田和久サブマリン…手玉に取る頭とテンポ」はこちら。

新人王は、新聞・通信・放送各社の取材経験5年以上のプロ野球担当記者の投票で決定される。

以下に、「澤村拓一、ぶっちぎりセ・リーグ新人王…巨人4年連続選出」と題する2011年10月17日のブログをそのまま収める。

                       ◇◆◇

読売巨人軍(ジャイアンツ)の2010年ドラフト1位指名のゴールデンルーキー、澤村拓一投手が2011年セ・リーグ新人王を獲得することが確実になった。
ぶっちぎりの活躍を示し、対抗馬が見当たらない。
これにより巨人から4年連続で選出される。

澤村拓一はシーズンを通して先発ローテーションの一角を担った。
私が予想したとおりの実力をコンスタントに発揮しつづけた。
試合をつくれなかったのは2〜3度にすぎない(おそらく)。
大崩れがなく、非常に安定していた。
監督が1年間当てにできる新人投手は滅多に入団するものでない。

ただし、私が考えていたのは15勝以上であり、勝ち星でかなりの差が生じた。
統一球(飛ばない公式ボール)の採用が影響したのか、巨人打線は極度の不振にあえぎ、得点力が大幅に低下した。
打線が元気だったら、15勝を上回ったはずだ。
巨人は2〜3シーズン前の破壊力が消え失せた。

澤村拓一は10月14日に先発し、調子が悪いながらも中日ドラゴンズのセ・リーグ連覇を阻止した。
無四球2失点完投。
これが今季最終登板だろう。
ついに、先行する負け星に勝ち星が追い付いて11勝11敗。
結局、試合数28、投球回数 196 2/3、防御率1.97、完投5、完封1、奪三振 171。

年間2百イニング近く投げる投手の存在は大きい。
負けが多いが、逆に言えば、終盤まで試合をつくった証拠である。

なお、原辰徳監督が今季最終試合で澤村拓一の2百イニング投球をサポートするかもしれない。
最多勝利を競う先発・内海哲也投手のリリーフに回る?
むろん、試合展開による。

                       ◇

澤村拓一(沢村拓一。さわむら・ひろかず)。
1988年4月3日、栃木市生まれ。
184cm、90kg、A型。
佐野日大高、中大を経て、念願の読売巨人軍(ジャイアンツ)に入団した。
注目のドラフトは実質、逆指名になった。
重い速球を武器とする本格派右腕。

澤村拓一は野武士のような不敵な面構えながら、実直で求道的な雰囲気も漂わせる。
研究熱心で、鍛錬を怠らない。
また、負けん気が強く、度胸があってプロ向き。

クライマックスシリーズ(CS)では、巨人投手陣の軸として一番の活躍を見せるのでは…。
来季にはエースとして開幕投手を務めそうだ。

◆書き加え1(10月16日)

巨人は本拠地・東京ドームで中日に3タテを食わせ、胴上げを阻止した。
シーズンの最後に意地を見せた格好。
また、Aクラスを決めた。
クライマックスシリーズ(CS)進出へ勢いのつく勝ち方だ・・・。
これで、阪神タイガース・真弓明信監督の首が飛んだ。
勝負の世界は厳しい。

◆書き加え2(10月20日)

巨人の今季最終試合は本拠地の東京ドーム。
つまり、後攻。
残り3 1/3の澤村拓一の2百イニング投球と内海哲也の最多勝利を両方叶えるには、澤村拓一が先発して内海哲也がリリーフに回るほかにないと気づいた。
例えば、澤村拓一が4回まで投げ、巨人がリードした状態で内海哲也に引き継ぐ。
どうなる?

                      ◇◆◇

読売ジャイアンツ・澤村拓一投手に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年6月7日「澤村拓一の面構えとオーラ…真っ向勝負の魅力!」はこちら。

⇒2011年4月21日「澤村拓一、巨人黄金伝説の扉を開ける」はこちら。

⇒2011年2月12日「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2010年11月12日「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」はこちら。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

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澤村拓一の面構えとオーラ…真っ向勝負の魅力!

先だってNHK総合テレビでアスリートの魂「攻め続ける“ルーキー”巨人 澤村拓一」という番組が放送された。
私は仕事に忙殺され、音声を聞く程度。
彼への密着取材であり、カメラが1軍キャンプからデビュー後までを追いかけた。

澤村拓一は、巨人では久々の「黄金ルーキー」だ。
前評判どおりの投球を見せているが、いまのところ勝ち星に恵まれていない。
よく見るとかわいい笑みをこぼすが、なぜか“不敵”に映る。
私は澤村拓一の面構えが好きだ。
デビュー戦でさえ緊張感が伝わってこなかった。
全身から放つオーラもマウンドさばきもすでに大物の域に達している。
各チームの強打者は彼と対戦するのが楽しいだろう。

澤村拓一はストレートで真っ向勝負する本格派投手である。
速いのは確かだが、重い印象。
ユニフォームを通し、走り込みとウエイトトレーニングで鍛えた下半身の凄さが感じられる。
番組で、澤村拓一はプロに入って一度も納得できるストレートを投げていないと語った。
彼が理想とするのは「狙われても打たれないストレート」であり、そのために「強く、速く、切れる直球を投げる」こと。

実は、変化球も一級品。
高速のスライダーとフォークが決まると、中軸打者も打てない。
私は上原浩治より上だと思う。
ただし、彼の1年目の勝ち星、目覚ましい活躍を超えることを意味しない。
数年間を眺めるなら成績で上回るのでは…。
毎シーズン、コンスタントに15勝以上。

澤村拓一は故障しなければ、近い将来どころか今シーズン中に巨人のエースになろう。
黄金伝説の扉を開けた・・・。

以下に、「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」と題する2011年2月12日のブログを収める。

                      ◇◆◇

読売ジャイアンツ(巨人)の沢村拓一。
合同自主トレ、宮崎1軍キャンプと、評価がうなぎのぼりだ。
華のある斎藤佑樹に目を奪われがちだが、全身から放つオーラなら決して負けない。
武士のような面構えからふてぶてしい印象が先行するが、彼は求道的である。
私はルーキーイヤーから大車輪の活躍を予想している。
むろん、押しも押されもせぬエースへ。

私は野球に関して専門知識を持たない。
素人の直感で述べれば、上原浩治の入団時よりも上である。
馬力が凄い。

その上原浩治。
大阪体育大学から逆指名制度を活用し、ドラフト1位で巨人に入団した。
ルーキーイヤーの1999年、歴代4位タイの15連勝を含め、20勝4敗という素晴らしい成績を残した。
ポンポン投げ込む様は、実に小気味よかった。
バッターは読みを働かせる間を持てない。

新人の20勝到達は木田勇以来、19年ぶり。
最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振の投手3冠、合わせて最高勝率に輝いた。
新人王、沢村賞、ベストナイン(最優秀投手賞)のタイトルをつかんだ。
興行面も意識したローテーションが組まれ、「サンデー上原」と称された。

上原浩治は速球の切れもさることながら、コントロールが精密だった。
それに対し、沢村拓一は剛速球が命。
あまり制球にこだわらないことだ。
重心が非常に低いので案外、コントロールは悪くない?
ただし、入れ込みやすく、故障が心配。
無茶をしそう…。

巨人OBの城之内邦雄が先月、新人合同自主トレの打ち上げの日、川崎市のジャイアンツ球場を訪れ、沢村拓一を絶賛した。
1962年、新人ながら開幕投手を務めた背番号15「エースのジョー」だ。
背番号15、沢村拓一に開幕投手の太鼓判を押した。
さらに、下半身を鍛えればとの前提で、20勝の可能性を告げた。

開幕は3月25日。
沢村拓一が東京ドームで行われる横浜戦で先発を務めれば49年ぶりの快挙。

宮崎1軍キャンプ。
セ・リーグ他球団のスコアラーが偵察に訪れる。
沢村拓一の剛速球は、味方がざわめくほどの迫力だ。
捕手・阿部慎之助は「上原さんの全盛期の球を重くした感じ」と、印象を語った。

余談。
私が新人投手でもっとも記憶に残っているのは、日本ハムの木田勇である。
化け物だった。
ルーキーイヤーの1980年、22勝8敗4セーブ、 225奪三振、防御率2.28、勝率.733という成績を残した。
投手部門のタイトルを独占。
新人王は当然として、史上初となる新人でのMVPに輝いた。
が、あっという間に燃え尽きた。

                       ◇

城之内邦雄の発言を取りあげたら、懐かしさが込みあげてきた。
デビューは、私が直江津小学校の高学年だった。
実は、プロ野球で一番好きなピッチャーである。
記憶がすっかり曖昧になってしまった。
以下は、おそらく。

寡黙というか無愛想というかポーカーフェイスというか…。
バッターに完全に背を向け、ひるがえって体重を乗せて投げ込む変則フォーム。
つんのめる感じ。
野茂英雄の「トルネード投法」みたいなシンボリックなかっこよさはない。
腰はサイドスローの回転なのに、リリースポイントが胸の高さ。
しかも、腕が体に巻きついて出てくるような、わけの分からない投球法。
しかし、きわめて合理的でもある。
武器は、癖のある速球とえぐいシュート。
バッターは打ちづらいし、怖かったろう。
入団から5年で 100勝に到達した投手は城之内邦雄以降、現れていない。

私は堀内恒夫、江川卓、斎藤雅樹をしのぐと思う。
が、マスコミに取りあげられることがなかった。
「伝説」という言葉は、城之内邦雄に贈りたい。

                      ◇◆◇

プロ野球今季(2011年シーズン)のルーキー(新人)に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年4月21日「澤村拓一、巨人黄金伝説の扉を開ける」はこちら。

⇒2011年4月19日「牧田和久サブマリン…手玉に取る頭とテンポ」はこちら。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

⇒2011年2月12日「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2011年1月31日「斎藤佑樹は1軍キャンプで滅多打ち、プロで通用?」はこちら。

⇒2011年1月30日「斎藤佑樹、日本ハム新ユニフォームを名護で披露」はこちら。

⇒2011年1月24日「スター斎藤佑樹…満員札止めの大舞台」はこちら。

⇒2011年1月11日「斎藤佑樹、勇翔寮出世部屋404号室へ…新人合同自主トレ」はこちら。

⇒2010年12月15日「斎藤佑樹、期待の重圧…プロでの実力と活躍」はこちら。

⇒2010年12月10日「斎藤佑樹は日ハムのユニフォームでいいのか?」はこちら。

⇒2010年11月14日「東海大・菅野智之は巨人、興南・島袋洋奨は中央大」はこちら。

⇒2010年11月12日「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」はこちら。

⇒2010年11月11日「一二三慎太は投手か打者か…阪神タイガース」はこちら。

⇒2010年11月6日「斎藤佑樹エースナンバー18番で開幕投手へ」はこちら。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

⇒2010年11月3日「斎藤佑樹は輝かしいスター、大舞台が似合う」はこちら。

⇒2010年11月3日「早慶優勝決定戦、斎藤佑樹と大石達也は登板?」はこちら。

⇒2010年8月22日「夏の甲子園、決勝の残酷…東海大相模・一二三慎太」はこちら。

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澤村拓一、巨人黄金伝説の扉を開ける

読売ジャイアンツのドラフト1位ルーキー・澤村拓一が先日、ついに一軍のマウンドに立った。
今シーズン3試合目、マツダスタジアムでの広島カープ戦。
私は深夜のスポーツニュースでちらっと見ただけだが、前評判どおりの好投だった。
当日は快投に非ず。

澤村拓一は大物だ。
プロ野球公式試合のデビュー戦というのに、緊張感が伝わってこない。
よく見ると、かわいい笑み。
それが、なぜか“不敵”に映る。

私は上原浩治より上だと思う。
ただし、彼の1年目の勝ち星、目覚ましい活躍を超えることを意味しない。
数年間を眺めるなら成績で上回るのでは…。
毎シーズン、コンスタントに15勝以上。

広島戦では、直球のスピードも切れも、そして肝心のコントロールもいま一つだった。
それでも広島打線を球威で圧倒した。
彼より速い投手はそれなりにいるはずで、どちらかというと重い印象。
この日は変化球をあまり投げなかった。
直球で勝とうとしたのか、変化球が決まらなかったのか、私は知らない。
三振が取れない。

澤村拓一は6回まで無失点に抑えた。
しかし、7回一死からライアルの失策(拙守)に足を引っ張られ、2点を失った。
が、自責点0は立派。
後続が打たれ、勝利投手の権利は消えた。
巨人の大卒ルーキーが初登板・初先発・初勝利を飾れば、51年ぶりの快挙だった。

また、中央大学野球部の先輩・阿部慎之助は、阪神との練習試合の守備で右ふくらはぎを痛め、その場で動けなくなった。
やはり肉離れで、長期の戦線離脱へ。
巨人は正捕手不在、主力打者欠場で開幕を迎えた。
澤村拓一は阿部慎之介のミットを目がけて投げ込むのを楽しみにしていたのでは…。
安心感だって違う。
が、影響はそれほど感じられなかった。
そうか、阿部慎之介はチームの主将だ。

澤村拓一は、巨人では久々の「黄金ルーキー」。
最高のデビューとはならなかったが、シーズンは長い。
この日の投球で、ファンの期待は一段と膨らんだ。

澤村拓一はユニフォームを通しても、走り込みとウエイトトレーニングで鍛えた下半身の凄さが伝わってきた。
きょう、甲子園の阪神戦で登板するらしい(不確か)。
彼は変化球も一級品。
高速のスライダーとフォークが決まると、中軸打者も打てない。

澤村拓一は阪神戦で初勝利を飾り、黄金伝説の扉を開けるのでないか。
故障さえなければ、近い将来どころか今シーズン中に巨人のエースになろう。

以下に、「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」と題する2011年2月12日のブログをそのまま収める。

                       ◇◆◇

読売ジャイアンツ(巨人)の沢村拓一。
合同自主トレ、宮崎1軍キャンプと、評価がうなぎのぼりだ。
華のある斎藤佑樹に目を奪われがちだが、全身から放つオーラなら決して負けない。
武士のような面構えからふてぶてしい印象が先行するが、彼は求道的である。
私はルーキーイヤーから大車輪の活躍を予想している。
むろん、押しも押されもせぬエースへ。

私は野球に関して専門知識を持たない。
素人の直感で述べれば、上原浩治の入団時よりも上である。
馬力が凄い。

その上原浩治。
大阪体育大学から逆指名制度を活用し、ドラフト1位で巨人に入団した。
ルーキーイヤーの1999年、歴代4位タイの15連勝を含め、20勝4敗という素晴らしい成績を残した。
ポンポン投げ込む様は、実に小気味よかった。
バッターは読みを働かせる間を持てない。

新人の20勝到達は木田勇以来、19年ぶり。
最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振の投手3冠、合わせて最高勝率に輝いた。
新人王、沢村賞、ベストナイン(最優秀投手賞)のタイトルをつかんだ。
興行面も意識したローテーションが組まれ、「サンデー上原」と称された。

上原浩治は速球の切れもさることながら、コントロールが精密だった。
それに対し、沢村拓一は剛速球が命。
あまり制球にこだわらないことだ。
重心が非常に低いので案外、コントロールは悪くない?
ただし、入れ込みやすく、故障が心配。
無茶をしそう…。

巨人OBの城之内邦雄が先月、新人合同自主トレの打ち上げの日、川崎市のジャイアンツ球場を訪れ、沢村拓一を絶賛した。
1962年、新人ながら開幕投手を務めた背番号15「エースのジョー」だ。
背番号15、沢村拓一に開幕投手の太鼓判を押した。
さらに、下半身を鍛えればとの前提で、20勝の可能性を告げた。

開幕は3月25日。
沢村拓一が東京ドームで行われる横浜戦で先発を務めれば49年ぶりの快挙。

宮崎1軍キャンプ。
セ・リーグ他球団のスコアラーが偵察に訪れる。
沢村拓一の剛速球は、味方がざわめくほどの迫力だ。
捕手・阿部慎之助は「上原さんの全盛期の球を重くした感じ」と、印象を語った。

余談。
私が新人投手でもっとも記憶に残っているのは、日本ハムの木田勇である。
化け物だった。
ルーキーイヤーの1980年、22勝8敗4セーブ、 225奪三振、防御率2.28、勝率.733という成績を残した。
投手部門のタイトルを独占。
新人王は当然として、史上初となる新人でのMVPに輝いた。
が、あっという間に燃え尽きた。

◆書き加え1(2月6日)

城之内邦雄の発言を取りあげたら、懐かしさが込みあげてきた。
デビューは、私が直江津小学校の高学年だった。
実は、プロ野球で一番好きなピッチャーである。
記憶がすっかり曖昧になってしまった。
以下は、おそらく。

寡黙というか無愛想というかポーカーフェイスというか…。
バッターに完全に背を向け、ひるがえって体重を乗せて投げ込む変則フォーム。
つんのめる感じ。
野茂英雄の「トルネード投法」みたいなシンボリックなかっこよさはない。
腰はサイドスローの回転なのに、リリースポイントが胸の高さ。
しかも、腕が体に巻きついて出てくるような、わけの分からない投球法。
しかし、きわめて合理的でもある。
武器は、癖のある速球とえぐいシュート。
バッターは打ちづらいし、怖かったろう。
入団から5年で 100勝に到達した投手は城之内邦雄以降、現れていない。

私は堀内恒夫、江川卓、斎藤雅樹をしのぐと思う。
が、マスコミに取りあげられることがなかった。
「伝説」という言葉は、城之内邦雄に贈りたい。

                      ◇◆◇

プロ野球今季(2011年シーズン)のルーキー(新人)に関するブログは以下のとおり。

⇒2011年4月19日「牧田和久サブマリン…手玉に取る頭とテンポ」はこちら。

⇒2011年4月17日「斎藤佑樹のハラハラ、浅田真央のドキドキ…日本の至宝」はこちら。

⇒2011年2月12日「沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2011年1月31日「斎藤佑樹は1軍キャンプで滅多打ち、プロで通用?」はこちら。

⇒2011年1月30日「斎藤佑樹、日本ハム新ユニフォームを名護で披露」はこちら。

⇒2011年1月24日「スター斎藤佑樹…満員札止めの大舞台」はこちら。

⇒2011年1月11日「斎藤佑樹、勇翔寮出世部屋404号室へ…新人合同自主トレ」はこちら。

⇒2010年12月15日「斎藤佑樹、期待の重圧…プロでの実力と活躍」はこちら。

⇒2010年12月10日「斎藤佑樹は日ハムのユニフォームでいいのか?」はこちら。

⇒2010年11月14日「東海大・菅野智之は巨人、興南・島袋洋奨は中央大」はこちら。

⇒2010年11月12日「沢村拓一は巨人の開幕投手、即沢村賞も…」はこちら。

⇒2010年11月11日「一二三慎太は投手か打者か…阪神タイガース」はこちら。

⇒2010年11月6日「斎藤佑樹エースナンバー18番で開幕投手へ」はこちら。

⇒2010年11月6日「公家の斎藤佑樹と武士の沢村拓一…セ・パ交流戦対決」はこちら。

⇒2010年11月3日「斎藤佑樹は輝かしいスター、大舞台が似合う」はこちら。

⇒2010年11月3日「早慶優勝決定戦、斎藤佑樹と大石達也は登板?」はこちら。

⇒2010年8月22日「夏の甲子園、決勝の残酷…東海大相模・一二三慎太」はこちら。

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沢村拓一は伝説の投手になれ…城之内邦雄

読売ジャイアンツ(巨人)の沢村拓一。
合同自主トレ、宮崎1軍キャンプと、評価がうなぎのぼりだ。
華のある斎藤佑樹に目を奪われがちだが、全身から放つオーラなら決して負けない。
武士のような面構えからふてぶてしい印象が先行するが、彼は求道的である。
私はルーキーイヤーから大車輪の活躍を予想している。
むろん、押しも押されもせぬエースへ。

私は野球に関して専門知識を持たない。
素人の直感で述べれば、上原浩治の入団時よりも上である。
馬力が凄い。

その上原浩治。
大阪体育大学から逆指名制度を活用し、ドラフト1位で巨人に入団した。
ルーキーイヤーの1999年、歴代4位タイの15連勝を含め、20勝4敗という素晴らしい成績を残した。
ポンポン投げ込む様は、実に小気味よかった。
バッターは読みを働かせる間を持てない。

新人の20勝到達は木田勇以来、19年ぶり。
最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振の投手3冠、合わせて最高勝率に輝いた。
新人王、沢村賞、ベストナイン(最優秀投手賞)のタイトルをつかんだ。
興行面も意識したローテーションが組まれ、「サンデー上原」と称された。

上原浩治は速球の切れもさることながら、コントロールが精密だった。
それに対し、沢村拓一は剛速球が命。
あまり制球にこだわらないことだ。
重心が非常に低いので案外、コントロールは悪くない?
ただし、入れ込みやすく、故障が心配。
無茶をしそう…。

巨人OBの城之内邦雄が先月、新人合同自主トレの打ち上げの日、川崎市のジャイアンツ球場を訪れ、沢村拓一を絶賛した。
1962年、新人ながら開幕投手を務めた背番号15「エースのジョー」だ。
背番号15、沢村拓一に開幕投手の太鼓判を押した。
さらに、下半身を鍛えればとの前提で、20勝の可能性を告げた。

開幕は3月25日。
沢村拓一が東京ドームで行われる横浜戦で先発を務めれば49年ぶりの快挙。

宮崎1軍キャンプ。
セ・リーグ他球団のスコアラーが偵察に訪れる。
沢村拓一の剛速球は、味方がざわめくほどの迫力だ。
捕手・阿部慎之助は「上原さんの全盛期の球を重くした感じ」と、印象を語った。

⇒2011年2月3日「勝ち星予想…沢村拓一・斎藤佑樹・大石達也」はこちら。

⇒2011年2月4日「沢村拓一15番、斎藤佑樹18番…実力はどちら?」はこちら。

⇒2011年2月7日「沢村拓一が宮崎牛に舌鼓…巨人1軍キャンプ」はこちら。

⇒2011年2月11日「沢村拓一に開幕投手テスト…巨人原辰徳監督」はこちら。

余談。
私が新人投手でもっとも記憶に残っているのは、日本ハムの木田勇である。
化け物だった。
ルーキーイヤーの1980年、22勝8敗4セーブ、 225奪三振、防御率2.28、勝率.733という成績を残した。
投手部門のタイトルを独占。
新人王は当然として、史上初となる新人でのMVPに輝いた。
が、あっという間に燃え尽きた。

◆書き加え1(2月6日)

城之内邦雄の発言を取りあげたら、懐かしさが込みあげてきた。
デビューは、私が直江津小学校の高学年だった。
実は、プロ野球で一番好きなピッチャーである。
記憶がすっかり曖昧になってしまった。
以下は、おそらく。

寡黙というか無愛想というかポーカーフェイスというか…。
バッターに完全に背を向け、ひるがえって体重を乗せて投げ込む変則フォーム。
つんのめる感じ。
野茂英雄の「トルネード投法」みたいなシンボリックなかっこよさはない。
腰はサイドスローの回転なのに、リリースポイントが胸の高さ。
しかも、腕が体に巻きついて出てくるような、わけの分からない投球法。
しかし、きわめて合理的でもある。
武器は、癖のある速球とえぐいシュート。
バッターは打ちづらいし、怖かったろう。
入団から5年で 100勝に到達した投手は城之内邦雄以降、現れていない。

私は堀内恒夫、江川卓、斎藤雅樹をしのぐと思う。
が、マスコミに取りあげられることがなかった。
「伝説」という言葉は、城之内邦雄に贈りたい。

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プロフィール
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和田創

和田創研代表
シニア起業家
和田 創(わだ・そう)

数字立て直し(伸長)一筋の経営コンサルタント。
教育と指導の年間実績は約百回。対象は社長から役員、管理者、社員まで、テーマは経営から管理、採用、事業、商品、企画まで広範。著書や教材は多数。
2017年、66歳以降はAIやロボット関連の起業に挑むとともに、おもに内需・地場企業から先端分野・成長分野の事業・商品開発を請け負う。

その他の役職
面白くないジョークの会会長 

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