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9日のブログで「もったいない料亭」と題し、船場吉兆が行っていた客が食べ残した料理の使い回しについて触れた。
食は安全に関わるので、これは論外。
また、そうした人は、値段を味わう高級料亭など営んではいけない。
料亭は、料理は当然として、それを提供する環境にこだわっている。
顧客にゆとりを満喫してもらう。
家族や友人での歓談という突出した富裕層を除き、利用者の目的は広い意味での「接待」である。
すなわち、何らかの利益誘導を図ること。
私は大物でも金持ちでもないので高級料亭と縁がないが、講師やコンサルタントという仕事柄、和食処などで接待を受けることがある。
たいていはコース。
味音痴とはいえ、その土地ならではの料理をご馳走になるとうれしい。
だが、概して品数が多く、しかもそれぞれのボリュームが大きい。
とくに後者が問題である。
昭和26年生まれの私は小学生くらいまで、いつも空腹を感じていた。
茶碗についた飯粒をきれいにさらった世代だから、食べ物を残すことに抵抗がある。
また、接待してくれた相手に申し訳なく思う。それがひいきの店だと、女将や料理人に気を遣う。
ムリして料理を詰め込むことになる。
かたや、接待するほうは、相手に予算をケチったと見なされたのでは、利益誘導という目的を達することができない。
私があなたをどれほど大切に考えているか、その心を高級料亭でのもてなしを通じて伝える。
食べ切れない料理を出すことになる。
◇
世界中に飢餓で苦しむ人がいる。
まして、昨今は食糧危機が深刻である。
突然の需給逼迫は不自然だし、それが原因のすべてと思えないが、現実に価格高騰は凄まじい。
私たちは「食」に対する意識を思い切って変えなければならない時期に差しかかっている。
いまや飽食は罪悪である。
摂取過剰のカロリーを消費するために運動に励むとかダイエットに挑むなどの先進国の光景は、ろくに食べられない地域の人たちからは決して理解されない。
彼らにしてみれば、呆れるというより許せないはずだ。
船場吉兆の元社長の「もったいない」は、浮くカネに向かった。
私の「もったいない」は、捨てる食材に向かう。
これからは、料亭も利用者も「もったいない接待」という感性を持つべき。
何より、お座敷で膨れあがった腹を抱えながら溜め息をつく構図は美しくない。
料亭は料理の量を抑え、その質を磨くことで利用者に感動や歓喜を与えるスタイルへ。
「もうちょっと食べたい」は、「また来てみたい」につながりやすい。
互いにハッピーである。
Copyright ©2008 by Sou Wada
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食は安全に関わるので、これは論外。
また、そうした人は、値段を味わう高級料亭など営んではいけない。
料亭は、料理は当然として、それを提供する環境にこだわっている。
顧客にゆとりを満喫してもらう。
家族や友人での歓談という突出した富裕層を除き、利用者の目的は広い意味での「接待」である。
すなわち、何らかの利益誘導を図ること。
私は大物でも金持ちでもないので高級料亭と縁がないが、講師やコンサルタントという仕事柄、和食処などで接待を受けることがある。
たいていはコース。
味音痴とはいえ、その土地ならではの料理をご馳走になるとうれしい。
だが、概して品数が多く、しかもそれぞれのボリュームが大きい。
とくに後者が問題である。
昭和26年生まれの私は小学生くらいまで、いつも空腹を感じていた。
茶碗についた飯粒をきれいにさらった世代だから、食べ物を残すことに抵抗がある。
また、接待してくれた相手に申し訳なく思う。それがひいきの店だと、女将や料理人に気を遣う。
ムリして料理を詰め込むことになる。
かたや、接待するほうは、相手に予算をケチったと見なされたのでは、利益誘導という目的を達することができない。
私があなたをどれほど大切に考えているか、その心を高級料亭でのもてなしを通じて伝える。
食べ切れない料理を出すことになる。
◇
世界中に飢餓で苦しむ人がいる。
まして、昨今は食糧危機が深刻である。
突然の需給逼迫は不自然だし、それが原因のすべてと思えないが、現実に価格高騰は凄まじい。
私たちは「食」に対する意識を思い切って変えなければならない時期に差しかかっている。
いまや飽食は罪悪である。
摂取過剰のカロリーを消費するために運動に励むとかダイエットに挑むなどの先進国の光景は、ろくに食べられない地域の人たちからは決して理解されない。
彼らにしてみれば、呆れるというより許せないはずだ。
船場吉兆の元社長の「もったいない」は、浮くカネに向かった。
私の「もったいない」は、捨てる食材に向かう。
これからは、料亭も利用者も「もったいない接待」という感性を持つべき。
何より、お座敷で膨れあがった腹を抱えながら溜め息をつく構図は美しくない。
料亭は料理の量を抑え、その質を磨くことで利用者に感動や歓喜を与えるスタイルへ。
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